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震災から10年 福島の今
2021年3月19日

皆さま、こんにちは。
今年3月11日に東日本大震災から10年を迎えました。
震災の犠牲になられた方々並びに関係者の方々に、衷心よりお悔やみ申し上げます。

CheFuKoは来月4月10日(土)に福島応援オンラインお花見を企画しています。
オンラインでのお花見と当時にYouTubeで福島の多方面の皆様からのメッセージ動画を公開する予定です。それらのメッセージを事前収録するために3月12~14日に福島を訪問し、福島の今を肌で感じてきたのでその様子をお伝えします。

3月12日(金)午後、福島県の浪江町津島地区出身で、現在、福島市にお住まいの大内活一さんにお話を伺いました。大内さんは震災当時、350頭の肉牛を飼育する農家でした。大内さんのご自宅がある津島地区は、浪江町でも福島市に近いの山の奥にあり、福島第一原発から約30キロ離れています。事故当時、福島第一原発から放射能の雲は北西に流れたため、津島地区も汚染されました。そのため津島地区は帰還困難区域に指定され、今も人々は戻ることができません。

写真左:インタビューを受ける大内さん  写真右:帰宅のできないご自宅

震災当時、大内さんが肉牛を飼育していた牛舎があった場所は、2011年3月14日には放射線量が28~30μSv/hあったそうです。放射能の雲が通過したためです。自宅のあった場所は目の前の山に守られて放射能の雲が通過しなかったため、当時の放射線量は2~3μSv/hで済みました。10年経った今は、自宅のある場所の放射線量は0.3μSv/hまで下がっています。年間1mSv以下のためには毎時0.23μSv/h以下が基準となっているので、かなり基準に近づいています。しかし線量は下がっても帰還困難区域に指定されているため、戻ることはできないそうです。

震災後に牛はすべて出荷して処分し、大内さんは福島市内に避難しました。今でも先祖伝来の山や畑がある津島地区の自宅に帰りたい気持ちはありますが、未だそれはかないません。今年、自宅前を通る県道沿いと自宅周辺は表土を5センチ剥ぎ取り、除染する予定があるそうです。大内さんにとっては10年が経っても、まだ何も終わっていません。
大内さんへのインタビューは、福島応援オンラインお花見と同時に公開されるYouTubeにて配信する予定です。大内さんの今の心境をYouTubeで、ぜひご覧ください。

写真左:帰還困難区域内の様子  写真中央:当時のままの商店  写真右:廃校になった高校

3月13日(土)は雨の中、大熊町役場新庁舎を訪れ、大熊町教育長の木村政文さんに大熊町に建設予定の新しい学校について話を伺いました。大熊町役場は2019年にオープンしたばかり。まだ2年目なのでとてもきれいでした。新庁舎のすぐ隣に、保育園・幼稚園・小学校・中学校を兼ね備えた学校が作られる予定だそうです。大熊町は読書活動が盛んな町として有名なので、新しい学校はエントランスから入ってすぐの場所に図書室があり、5万冊の蔵書を置く予定です。令和5年度に開校する予定だそうです。新しい学校のお話、わくわくしますね。木村先生の生の声は、当日の本配信でご覧になれます。また、別配信のYouTubeでは、もう少し詳しいお話を建設予定地の映像と共に公開します。

写真左:木村教育長  写真中央:大熊町新庁舎  写真右:復興住宅

3月14日(日)、南相馬市小高地区にお住いの今井功さんにお話を聞きました。今井さんは、請戸漁港の元漁師さんです。震災当時、小高地区は津波の被害を受け、また福島第一原発から20キロ圏内に位置するため、避難を余儀なくされました。今井さんの家は高台にあったため、津波の被害は免れましたが、浜沿いにあった60件の家々は全て津波で流されました。

写真左:津波到来前、流される前の家々が写っている  写真中央:津波到来中  写真右:津波到来後、60件の家々は根こそぎ流された、道路に集まった人々の中に今井さんもいる

3月12日に福島第一原発1号機が水素爆発をし、原発から20キロ圏内は大半の地域が居住制限区域に指定されたため、その後、避難生活が始まりました。新潟県、秋田県、福島県内で避難生活をしながら6年間を過ごしたそうです。その後、2016年には居住制限区域が解除されたので、小高に戻ることができました。まだまだ戻ってきた人数は少ないけれど、今井さんは、ここが自分たちの故郷だから、皆が集まれる場所を作るためにも、小高に人の輪を作りたいと考えています。

今井さんのご自宅のすぐ裏に、縄文時代の貝塚(浦尻貝塚)があります。今はそこを人が訪問できるような公園するために、夢をもって活動されています。

写真左:浦尻貝塚がある丘から海を眺める  写真中央:説明をする今井さん  写真右:縄文時代の貝塚

今回は取材の一部をご紹介しました。
詳しくは、福島オンライン花見にて、ぜひご覧ください!

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